どーも、こんにちは。
小説今年も今年で完結しました。

反応はあったけど反響があったのかどうか。
どう思われたのか。
一切わからない動向のまま終わりました。いつもの通り。
毎日投稿だったから毎日見ていたんでいつも以上に気にしてましたがね。
何はともあれ、いいねしてくださった方ありがとうございました!
毎日1話に1いいねつくのが支えになりました。
まあいつものことではありますが小説RTされても伸びないっすね。
ツイートにいいねするなら作品にいいねをくれよ!
というのが本音。
という報告でした。
近況報告。
今期のアニメみなさんなに観ていますか?
私は色々見てます。無職転生や乙女怪獣キャラメリゼ、ジャードゥーガル、ワールドイズダンシング…鉄鍋のジャン…など多様な作品を観ていますが(他にもある)
今ハマっているのはさよならララです!
みんな観ようね
人魚姫の物語から始まるこの作品。
人魚姫の流れを汲みながら1話が進み、そして主人公ララは滋賀へ!?
という形で始まる作品です。
これは文章で聞くより、実際に観てもらった方がいいかと。
昔のアニメ風の作品は近年ポコポコ出てきてますが、この作品は一線を画す。
なんならOPの一部にセル画使っているんですよ。
セル画ってわかります?昔のアニメはこれで作られてたんですよ。
このアニメは物語の運びも、あの連続テレビ小説的な爽やかさがあるんですよ。
そこに生きているという感覚がする。
だけど演出はコミカルでアニメ的に描かれていることも多く、コミカルさという崩しと真剣なシリアスシーンもバランスが心地よい。
方向性としては幾原監督作品の方向性に近い。レビュースタァライトの監督とは別の方向性で似ている。
ここから後半戦。どう展開されるのか。
現状で一番惹かれた部分って、王子様を否定しなかったことなんですよね。
男女恋愛の物語の悲恋をベースにして、主役がヒロイン同士にすると片方が王子役というか男役の代わりになりがちだったり、王子様(異性恋愛や偶像)を否定する形にしたりするクリエイターの多いこと多いこと。
4話で王子を探すララが学校に行き、案内された先で女子高生たちは「恋愛だけが愛じゃないし」「傷つきたくないし」と言った様子で恋愛より推し活としての「王子様」を見せてきます。
こういう描写があると今の時代、結構恋愛じゃないって方向に舵を切られがちで(自分らしく生きるとか恋愛から外れるとか)、その後出会った女の子と関わっていくと、その子が片想いを自覚するんですよね。
ララが背中を押し、告白まで描くんです。告白は自分が逃げで言っていた言葉を返されるような形で断られてしまうんですが、その後にその子が出した結論が私に刺さりました。
「(彼)だけが王子様ちゃうし!新しい王子様に出会えるのか楽しみや!」
その発言は強がりも入っていたと思います。
でも作品として見た時にこの作品は「王子様」というものを否定的に描かないんだなと感じました。仮に王子様から離れる結論に行きついても王子様を蔑ろにするわけではないだろう、と。
奇しくもいわゆる「王子様性」を大切にする作品を私は抱えています。
銀双環の舞巫女です。
通ずるところを感じてしまったわけです。
作品が面白いのもありますが、銀双環を練っていた時に見たいと思っていたものが見れるかもしれないという欲求もあってすごく注目しています。
みんなも観よう!さよならララ!
余談。
軽い考察的な話ですが、さよならララは後半から
「一族を救うために本当の愛を求める」ことと「ララが本来求めていたもの」が重要となってくるんじゃないかと思っています。
ララは自分の好奇心に身を任せ、人間と出会い人間を知りたくなって、魔女の口車に乗って人間の足を手に入れて王子様に会います。
王子様の前で人魚姫の下半身を見られてしまい、「醜い」と否定されてしまったことで悲恋に終わる。大筋は原典と同様の結末でした。
だけど、ララは幼少期から人間の姿をした人形に興味を持ち、火事で海に身を投げた人間(王子様)と出会い、人間に会いたがっていました。
じゃあララはどうして人間に会いたかったの?
何を求めていたの?という問い。
しかし、ララは先述の影響で一族を存亡の危機に追い込んでしまいます。
光を失い、住処を失い、ララの一族は魔女の誘いで住処を移し、それでも光がないから眠りにつきます。魔女は「厳密には眠っているだけだ」と言っていたあたり、いわゆるコールドスリープみたいなものなのでしょう。
ララは自分のしたことで一族が大変な目に遭ったことに心を痛め、後悔します。
魔女はララを人間にしたとき同様、一族を助けたいなら「本当の愛を見つけろ」と命じます。それが光を生み出すみたい。
それをきっかけしてララはみんなを助けるため「本当の愛」を探す決心をします。
ララにとって思い浮かべるのは「王子様」だからララは人間の世界で王子様を探そうとする、というのが今放送された6話までの物語です。
じゃあ、ララが求めるものと「本物の愛」は同一のものなのだろうかという視点。
魔女はララに色んな話をします。例えば「それは恋とは違う」とか「一人の人間を愛してしまったから」とか。それは「本当の愛」とはいわゆる御伽噺の恋愛成就ではいと解釈できます。
感想の中には「色んな愛」「隣人愛」と言ったものが考察されていて、実際私が思い浮かべる者もそれです。
ですが、ララが王子様という概念的なものを見つけようとする中、王子様で思い浮かべるのは愛してしまったあの王子様であり、ヒメカちゃんという4話の女の子の恋愛相談でも彼の話をし、あなたは伝えられる(自分は言葉を離せなかったから伝えられなかった)と背中を押しました。
彼女は人間を愛してしまったのかあの王子様を愛してしまったのか、区別できていないように思います。
でもその心の中で愛する人物として思い浮かべるのは彼の姿です。
そして次回その王子様の姿と酷似しているルカくんという男子と出会います。
ララは彼という人物を知ろうとすることで恋心に整理がつくのではないでしょうか。
あるいはルカくんに惹かれていくんじゃないでしょうか。
それは魔女の指し示す「本当の愛」とは別物であり、その愛を求めるなら家族を救うことは出来ないとも取れます。
そして「本当の愛」を取り、家族を助けるというならそれは2度目の悲恋になります。
だからこそ「本当の愛で一族を救う」か「自分の求めていたもの」かの究極の二択を迫られるんじゃないかと予想しています。
根拠はもうひとつあって、OPとEDです。
いきものがかりさんの「さよならララ」、Hana Hopeさんの「Hearts Glow」
この曲の歌詞を調べてもらえばわかるとおり、どちらも何かに「さよなら」している曲になります。
OPのさよならララの方では「好きになった世界」や「好きになった気持ち」にさよならしているような印象があって、それっていうのはこの物語でいうところの「人間の世界」なんじゃないかと。
「夢中で恋をしたそれだけでいい 事実なんて」というフレーズもあり、恋を匂わせています。
OPだけ聞くとこの物語の最後は人間達にさよならを告げて人魚の世界に戻ることを示唆しているかのように歌われています。
ですが、逆にEDのHearts Glowの方では、「自分の知る世界手放しても」「普通に馴染めなくて居場所がない」「ありのままじゃない自分を過去に置いていく」という自分のありのままを大切にし「自分の本来の居場所=人魚の世界」にさよならしている印象があります。
何度も繰り返される「私は私のままでいたい」「愛されたい」というフレーズ。
EDではララの気持ちのフォーカスされており、人魚の世界に戻ることや自分の偽ることへの抵抗感が表現されています。それはOPとは逆に人魚の世界に戻らない=人間として生きるという示唆にも感じられます。
という部分からも二択が迫られるんじゃないかという話ですね。
監督はインタビューでこの作品を「典型的な百合にしない」と語っていました。
じゃあ、ララとマリが結ばれるのか?と言われると正直その説は懐疑的です。彼女たちは3話のラストがそれっぽいだけで他では友達の距離感のままです。
ここからは願望要素多い展開予想なんですが、
王子様似のルカ君と出会い、ララはルカくんに惹かれていくんじゃないだろうかと。
しかし、前述のとおり魔女のいう「本当の愛」は恋ではありません。下手すると悲恋の再来です。
そんな時に現れるのがララのもう一人の姉ルナ。リサと共にララの世話を焼いていた赤い人魚です。1話冒頭に指食われた子です。
PVで「ララ…本当は何が欲しかったの?」と問いかけていました。きっとそれがララの中で「本当の愛」と「ルカへの想い」という相反する気持ちに板挟みになるんじゃないだろうか。
ララには一族を滅亡に追い込んだ負い目もあります。
たぶん自分の恋は諦めるでしょう。2度目の悲恋。自分の気持ちに嘘をつきます。
でもPVでマリは「人間と結ばれた人魚なんていない。それでも…」と語っていました。
ここでマリの役目が発揮されるのではないかと思っていて、具体的にどうするのかはわかりませんが、悲劇の救済。つまりは自分を諦めたララを救済するのがマリの役目という予想です。
マリは母がクリスチャンであることを考えると原典で言うところの王子様が人魚姫と勘違いして結ばれた修道女モチーフの可能性があり、だけど、これまでの作風と残り話数、そして1話で結ばれかけたのはララであったことを思うと、ルカとマリが結ばれそうになる泥沼展開はないかと。
じゃあ、マリはどういう立場になるのかという話。
マリが王子様役とは思えないのです。自分の王子様像はしっかり持っているし、予告の会話劇では「王子様役やって!」というララにマリは「私がお姫様役やろ!」と人並みにはお姫様願望があるみたいですし。
そこで出てくるのが「隣人愛」身近な人をあらゆる人を愛し大切にしなさいという教えであり、愛のカタチ。
あるいはララがこれまで関わってきた人との愛が「本当の愛」として結びつく可能性もあります。
だけど、私はマリがララを救ってくれる存在だと確信しています。それが監督の言う「典型的ではない百合」の姿なんじゃないかと。恋愛的にルカと結ばれたとしても、物語としてララを大きく救う関係性になるというイメージです。
というのが私の今後の展開予想です。
なぜ恋愛になっていくと予想をするのかと言われると、もう一点構成的な視点がありまして、この作品人魚側は恋愛を否定的に語り続けているんですよね。厳密には人間との愛なんですが、人魚は人間を醜いと言い、人間と恋をしたから悲劇が訪れたと嘆き、ララは醜いと投げかけられたことで悲恋を迎えた。
ずっと恋愛と言うものに行きつかないかのような否定的な描写と構成が多く見られます。
でも、否定的じゃない恋愛描写もあります。4話のオウジくんとヒメカちゃんの話。そして6話のリサとコータの話。6話に関して恋愛かは議論の余地ありますが、それでも視聴者の中には「これが本当の愛じゃん」と感じた人も多かったぐらいにはその関係に肯定的でした。だが彼女らは疲弊し依存の領域に入っています。特にリサは愛しているというより依存が強めに感じ取れました。
構成の基本技術の中にはテーマを描くためにまず先に書きたい「テーマ性を否定するところから描く」というものがあります。否定から描くことであとは肯定するだけってね。
私にはそれに近いものが感じられて、巧妙にララが求めていたことや抑圧された心に目が行かないようにされていると思いました。
もちろん、私の視点は間違っている可能性はあるのでまあ間違ってたからごめんなさいと言うことで。
あと超かぐや姫でもあったんですが、悲劇を悲劇で終わらせないというのは現代のトレンドになるんじゃないかと思っていて、オリジナルアニメよくやる展開ですが、悲劇はウケません。
酔ってんじゃねえ!
だからこれもまた悲劇の御伽噺の救済の物語になるんじゃないかと勝手に思ってます。
長々と書き連ねたけど、言いたいことはひとつ。これからの展開楽しみね!

